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2014年4月

2014年4月29日 (火)

名古屋アマデウス室内管弦楽団を聴きました

 27日は名古屋市内しらかわホールでアマデウス室内合奏団の第6回演奏会を聴きました。昨年初めて聴いたとき、その質に高さに驚いたものでした。それで今回も出かけたというわけです。期待を裏切ることはありません。開場の時間にはすでに100人以上の行列が出来ていました。
 このオケのいいところはアンサンブルの精度が高いということです。アマチュアプレイヤーは多くの場合、楽譜の音を追う事に熱中してピッチが合うということが後回しにされる傾向があるようです。それは個人の技量、経験の差から来るもので一緒に弾く楽しみが優先されるアマオケの存在価値が否定されるものではありません。
 アマデウスオケは他に演奏活動をしながらハイドン、モーツァルトの全曲演奏を目指して集まったオケなのです。年1回の演奏会です。ここに目線の高さ、技量の確かさを想像できるのです。そしてプログラムにはトレーナーの紹介がありました。彼らが目指すものが分かります。その結果全体の響きが非常に引き締まって聞こえるのです。今回のプログラムは各パートのソロが際立ったものでした。
 私が地元のオケでどこがいいと聞かれれば第一にこのオケを勧めます。来年はモーツァルトの協奏交響曲K364です。多分ソリストは客演ではなく自前でしょう。楽しみです。名古屋のトップランナーの折り紙をつけます。
 プログラムは、コシファントゥッテ序曲、交響曲#31ホルン信号、セレナータ・ノットゥルナ、交響曲#35ハフナー。指揮中村暢宏 アンコールはレ・プチ・リエン

 

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2014年4月24日 (木)

映画 25年目のカルテット

 先日のアタッカカルテットが25年目のカルテットに参加していることを聞いて、また、その前に友人からこの映画のことを聞いていて重い腰をあげてDVDで鑑賞しました。今回はその感想。全編流れる曲はべ-トーヴェンの弦楽四重奏曲第14番OP131です。(演奏はアタッカカルテット)一番最初に指摘しておかなければならないことはケースのスチール写真です。なんとビオラの女性が足を組んで腰掛けているのです。こんなのアリエヘンナアと突っ込みたくなります。作品131は私が若い頃山登りのときの必需品で、当時ブームになったソニーのウオークマンにカセットテープを入れて山登りをしたものです。山小屋で夕焼けを見るのはブルックナーの#8が定番でした。そんな訳でウオークマンの発売に拍手をしたものです。
 BGMで聞けるのを楽しみにしていざ視聴。役者さんは有名な人だそうです。で、楽器を演奏する様は結構見られるまでになっていました。さすが!ノーバート・ブレイニン、アントニン・コホウトを意識しているのかなという言う雰囲気もありました。しかし弓が弦に吸いつく様な感じは無く、そこまで要求するのは酷というものでしょう。が結構楽しめました。以前アマデウスという映画に出てきた役者は本当に楽器を弾いていた。という満足感で満たされましたが。制作費などの規模が違うのでしょう。というより弦楽器の難しさというべきでしょう。アタッカカルテットはチェリストのレッスンをジュリアードの教室で受けるシーンがありました。これは演技不要ですね。取り留めの無い話でごめんなさい。

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2014年4月21日 (月)

チェンバロの看取り

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 このはな合奏団の通奏低音を受け持ったチェンバロです。昔、渋谷の楽器店で購入したものです。使用頻度は多くないのですが先日専門家に見ていただきました。自宅の一番いい部屋の一番いいところに座っています。一番仕事をしないのですがね。昔の力士のようなものです。で、この先どのように管理したらよろしいですか?の問いに、厳しい回答がありました。この先交換部品の入手は極めて困難でしょう。それまで大事に使いましょう。というのが結論です。
 一方では我が家の近くにチェンバロの演奏をしている人との出会いもありました。チェンバロの専門家も以外に近くの住所でした。それなら餅は餅屋にのことわざに従いましょう。私が持つ意味はそれほど重要ではありません。
 楽器の診断後の雑談で、弦楽器は持ち運びが出来るから良いよね。鍵盤楽器は持ち運びが出来ないのが辛いですよね。という話から、我が家のこの部屋が10人以上は入れますよね、いっそここでミニコンサートをされてはいかがですか。との話が飛び出しました。うん、ただ楽器を眠らせていてももったいないか、考えてみようか。案外私の部屋が綺麗になるかも。

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2014年4月15日 (火)

宗次ホールカルテットコンクールと県芸行事

 先の記事で弦楽器カルテットセットを貸し出しますと書いた。もちろん何の当てもなく書いたのではない。コンクールの活用法として、レッスンを受ける、公民館などのミニコンサートのレパートリーにする。いい演奏を心がける。という習慣を身につける上でとてもいい方法だと県芸の学生に働きかけてみたのです。しかしとても残念な知らせがありました。学内オケの本番がコンクールの翌日にあるというのです。これで県芸在学生のエントリーは不可能になりました。(大学院生がいるというかもしれないが、それではキャリアスタートが遅い)夏休みの過ごし方として残念に思います。もし学内で学生の囲い込みがあるとしたら、それはとても残酷なことです。かつて私が学生時代に恩師と入学直後の会話で「私の講義より意義があるならばそちらへ行きなさい、必要なら紹介状も書く」という言葉に刺激されたわけではないけれど、半年後他大学のゼミの合宿に参加しました。(なんと宿泊は奈良の有名寺の宿坊、教授と相部屋です。恩師の紹介状は必要ありませんでした)結果的にわが恩師への尊敬を高めることになりました。教育は誰のもの。大切なものは惜しみなく!ということです。宗次ホールのコンクールは公開レッスン受講を含むコンクールです。地元でこのような機会があるのは立派な社会資本の一つだと思うのです。長久手の寮から世界へ窓を開けるぐらいの意味があると思うのですが。県芸は音楽(絵、造形)を手段とした職業訓練校が存在意義だと思うのです。大学院生が増えて「学生は頑張っていますよ」という教授陣に世間の支持を集めるのは難しいのではないかと危惧します。地元のアドヴァンテージに気が付かないのは教授陣の怠慢ではなかろうか?。それが例え合成の誤謬だとしても。

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2014年4月 8日 (火)

アタッカカルテット(キンキンに冷えたビール)

4月7日は宗次ホールでアタッカカルテットを聴きました。ハイドン、バルトーク、ブリテン、ラヴェルのプログラムです。一聴して分かる事はピッチの正確さです、そして機能性です。いかにもアメリカの合理性を追求したという感じです。私はキンキンに冷えたビールという感じを受けました。バルトーク(第6番)は途中でヴィオラの弦が切れてしまいました。舞台裏へ張替えに帰った時間を利用して2Vnの徳永さんが「少し時間がかかりますのでこの機会に質問ありませんか」と客席に向かって問いかけました。2人が質問しましたがあっという間に答えられてしまったので、それならばと私、(客席の皆さんは静に待ちたかったらごめんなさいという感じでしたが)バルトークピッチカートは指板に弦を打ちつけるので今のようなリスクは当然ありますよね?と質問したら「弦を指で押さえているから大丈夫です。彼は余計な力が入ったのでしょう」というクールな答えでした。でもそのような奏法があることは知ってもらえたかな?と私は勝手に満足。しかし静に終わる最後の一音が消えた瞬間バルトークの痛切を感じました。機能的は時に軽く見られるけれど、その先にあるものを見たいということはあるのでしょう。かつてクリーブランドの一時代を築いたジョージ・セルもいました。ピッチにうるさいチェルビダッケもいました。うん、これはこれでいい。
会場で頂いたサインです。

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2014年4月 1日 (火)

ミッドランドスクエア音楽祭

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 毎年春と秋の風物詩になった音楽祭が今回で12回になりました。今回のテーマはセレナーデ。クラシックだけでなく、ジャズも楽器編成も含めていろいろ楽しめます。若い人からプロまでが登場します。1部、2部に分かれ5団体ずつが登場しました。失礼な言い方を許していただけるなら、ハズレはありません。ラ・フォル・ジュルネの一会場を持ち込んだような感じです。アトリウムを利用しているのでオープンな空気つくりがポイントでしょう。使用ピアノは贅沢にもスタインウェイのフルコンです。主催者にスタインウェイが名を連ねています。そうです、ステージ、PA(本当に必要なのかな?)は一日のためとはいえ本格的です。主催者の本気が伝わります。雨に降られましたが、当日は写真のように椅子席は常に一杯で上のフロアから覗き込む人も多く見られました。通りすがりの音楽。都市にはこのような仕掛けが必要だと思うのですがいかがでしょう。3月30日ミッドランドスクエア11:30~18:00

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