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2012年1月15日 (日)

レナト・スコラベッツァのカルテット1980 のこと

 イタリアの製作者レナト・スコラベッツァの名を初めて目にしたのは四季の演奏で名を馳せたイ・ムジチのコンマス、フェリックス・アーヨが録音に使ったのがレナト・スコラベッツァの製作によるものだった。という記事を何処かで読んだのが最初であった。60年代後半のことだった。その13年ほど後に、東京の楽器店にポスターがひときわ目立って貼られる様になった。後で知ったのだが80年の11月にスコラベッツァが弦楽器製作者協会の招きで来日したのでした。その折、4都市の名がつけられたカルテットセットが持ち込まれたのです。VnがOSAKA、KYOTO、VaがNARA、VcがTOKYOUとラベルに記されました。
 そしてこのセットのデモで東京、大阪で演奏会が開かれました。プログラムはモーツァルトのK575とドボルザークのアメリカでした。その後このセットは名古屋の弦楽器店の手に渡りました。店主はセットで売りたかったのですが、なにせ力の入った名器だけに値段も相当立派なものでした。結局4つの楽器は地元で知られたプロの演奏家4人の手に渡りました。そして幸いなことにこの4本の所有者が現在も分かっているのです。
 この4本の同窓会を開きたいなあ。との思いが叶いそうです。チェロの所有者と彼の仲間が手を貸してくれるような流れです。そう、名フィルメンバーによるカルテットの演奏会が実現しそうです。制作から32年目を迎えてどんな音になっているのでしょうか。興味津々というところです。
 スコラベッツァは帰国後日本からの注文が殺到し、研究を邪魔されたくないとして、パルマに学校を作り、製作本数は激減したということです。ササビーズ、クリスティーでも偽物は出ても本物は出てこないという作家になったのです。パルマにある彼のアトリエには日本での演奏会のプログラム、ポスターが額装されていました。一番聴きたいのは彼なのでは。
 6月にはこの楽器で演奏会が開けるよう、鋭意努力中です。ご期待ください。

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