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2011年12月26日 (月)

樋口良健氏のこと

 もう15年以上昔のことになりますが。毎年この時期になると毎日新聞夕刊に、今年の音楽会のベスト10なる記事が掲載されたものです。記者は樋口良健氏です。氏は自らを地元音楽家の応援団を自任していました。その当時毎月20日の午後2時に名古屋栄の某ホテルの1室に報道関係者が集まる芸能部の記者クラブの例会があったのです。
 翌月の音楽会情報の発表の場でした。それぞれの主催者がチラシやポスターを持ち寄り、今で言うプレゼンを行うのです。私は当時から名古屋モーツァルト弦楽四重奏団の応援団を買って出ていたことから、何度かこの会場へ足を踏み入れていたのです。一人ネクタイを締め、如何にも役人という風情で、逆に目立った存在のようでした。私はイレギュラーな会員という事で、500円(コーヒー代)の参加費を納めた記憶があります。そんなことから演奏会場で受付をする私に声をかけて下さったのが樋口さんなのです。舞台裏で無報酬で走り回るど素人を素直に認めていただいたのです。演奏会の会場で顔を合わせるときは、一番後ろの右側が氏の指定席でした。顔を見ると細身の体つきから右手を少し上げて「よっ」と会釈をいただいたものです。
 毎月末には演奏批評が掲載され、演奏家はどのように聴かれたのか一喜一憂したものです。月評で一つでも褒めてもらえることが演奏家の喜びでもあったのです。しかし15年も前に定年を迎えると同時に月評は無くなりました。失われた20年に入ったのです。批評者はリストラの対象でした。他の新聞でも同じことです。そして芸能部記者クラブも無くなりました。ネットが取って代わったのです。
 昨年2月末新聞に訃報の記事が出されました。毎日新聞終身名誉職員。これが最後についた肩書きでした、享年73歳。いま、50代前後より上の演奏家で氏に励まされた人は多いと思います。文字で演奏家が励まされた時代が、かつて名古屋にもあったのです。朝日、中日、読売それぞれの記者が論陣を張っていたのです。

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