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2011年11月28日 (月)

新潟(北方文化博物館)

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 新潟へ出かけた目的は”豪農の館”を尋ねることでした。かつて戦後の農地解放にGHQのマッカーサーが関心を持ったといわれる豪農の家で、観光パンフレットにはいつも顔を出す名所のひとつです。新潟駅から路線バスで約50分、沢海(そうみ)にその屋敷はありました。豪農、その力をしっかり見ることが出来ました。そして敷地内にあるイタリアンレストラン”ウィステリア”にも驚きました。豪農伊藤家を支えた本物志向が生きていました。新潟から車に乗っても食べに行きたいレストランと言ってもいいでしょう。戦前当主がアメリカ留学を果たしたが、終戦直後GHQが目をつけ、派遣されたのが母校の先輩、後輩の仲の軍人。互いに博物館への転用を目指したお陰で、こうして歴史を学ぶ私たちへの大きな贈り物になったのです。
 しかし、私が本当に驚いたのは全く正反対の展示です。敷地内に県内の民家が移設されたものです。以前倹約令が出された当時の造りは、小屋というべきほどの大きさで、ほとんど土間のまま、解説によると板の間を作るのは一間限り(それも2畳に満たない?)、という事でこれは家長にのみに許されたことだそうです。で女、子供は土間に藁を敷いて過ごしたとのこと。学生時代、柳田國男先生に教わったという恩師の「昔の若夫婦は藁の中で過ごしたものだ。」という言葉が鮮明によみがえりました。これほど過酷だったのか!という思いがこみ上げます。あまりにも地味な展示で見逃しそうですが来て良かった。との思いは残りました。新潟市内で見かけた木村伊兵衛の農婦のポスター写真を思い出します。(写真は100畳の部屋の廊下、この柱で支えられるのは驚き、クリックすると拡大写真になります)

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