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2010年11月 6日 (土)

プロデューサー論 萩元晴彦氏のこと

 武豊の音楽祭は当方の実現不可能の判断により出演を辞退したのだが、演奏を予約した相手にはキャンセルという事で迷惑をかけてしまいました。ちょっと落ち込んでます。こんなときに思い出すのは、今は亡き名プロデューサー萩元晴彦氏のことです。初めてお会いできたのはカザルスホールでした。その4年前名古屋で今井信子さんのヴィオラを聴いたとき、「今井さん、貴方が昔録音したブラームスのソナタのレコード、探しているんだけれど」「あら、じゃ、来年持ってくるわ」の会話、その翌年「今井さんレコードのこと忘れてるよね」「いえ、オランダから持ってきたわよ。貴方こそ来るかどうか判らないのでホテルよ。音楽事務所に預けておくわ」の会話が続き、そのまた翌年「今井さんせっかくのレコードにサインが無いよ。これに書いとくれ」「3年がかりよね」という会話の後、久しく名古屋で聴けなくなったのでした。それで私はカザルスホールまで聞きに行く事になったのでした。当時カザルスホールの支配人は萩元晴彦さんでした。氏はロビーでお客様をお迎えしていました。私はその姿を見てプログラムにサインを求めました。一瞬なぜ?という表情でしたが「私は、オーケストラがやってきたという番組に育てられたのです。今日は今井さんを聴きに名古屋からやってきたのです」という説明に気持ちよくサインをいただくことになったのです。終演後再びお話をさせていただきましたが、「申し訳ありません、これから私たちは今日の反省会を予定していますので・・」といいながら玄関まで送っていただきました。「今日はどちらかにお泊りで?」と心配していただきました。その気配から反省会は打ち上げとは違う意味のものだと推察しました。今井さんも、萩元さんも”一人にこだわる”ということを強烈に教えていただいたと思っています。20年以上遠い昔のことです。プログラムに寄せられた氏の一文は”我々は室内楽をやりたいのだ”その記憶は鮮明です。
 そして今、音楽祭を開くという”志”がへこんだとき、萩元氏のプロデューサー論を読み直すのです。どんな新しいことも。美しいこと、素晴らしいことは、一人の熱狂から始まる。というもの。今私は熱狂しているか。そう。しらけてなんぞいられるか。

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