« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月

2010年9月30日 (木)

パソコンの熱中症

 この夏の暑さは大変でした、私は甚大な被害を受ける羽目になりました。パソコンを南側のカップボードの上に備え付けて使用してたのですが、実は5月ごろから網戸の上の庇のところに蜂が巣を作りました。今年は台風が来ないなと喜んでそのまま用心棒ぐらいに考えていました。そして網戸だけで過ごしたのですが。9月になって日が傾いてきました。そしてウインドスクリーンを開いたままにしたことから悲劇が起こりました。直射日光がパソコンに襲い掛かったのです。立派な熱中症でした。全てのデータを持って昇天しました。3週間の空白はこうしてできたのです。今友人が懸命にデータの救出作戦を展開してくれています。皆さんも気をつけて下さい。パソコンの買い替え。ソフトの更新,電気代どころでないこの夏の出費です。
 で先ほどの用心棒はというと、なんと庭先に植えた胡瓜に住み着いたカマキリが蜂を食べているではありませんか。その直後蜂は忽然と姿を消しました。カマキリ君!君はドラゴンズだよね!黒と黄色の縦じまを食ったんだよね!と台風が来ない日々を確信してペナントレースをにんまり見るのです。そんなことよりデータよ私のところへ戻っておいで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 8日 (水)

第一人者のリタイア2題

 最近私の元にリタイアします、しました。とするお知らせが届いた。一つは30年以上にわたり名古屋の室内楽活動をリードしてきた名古屋モーツァルト弦楽四重奏団の創立時からのチェリストTさんの引退の挨拶。都市文化賞、名古屋市文化奨励賞を戴き、120回を超える演奏活動は、名フィルでチェリストとして活躍する傍ら、隔月の演奏会は熱心なファンを育てました。そして白くなった頭をかきながら充分弾かせていただきました。との挨拶はいつかやってくる日が思いの外早かった。というより音楽をやっていれば歳をとらないぐらいに思っていたのだ。思えば私が音楽のマネージメントに入り込んだのもこのモーツァルト弦楽四重奏団との付き合いからだった。Tさんの最後の舞台、チェロとピアノの演奏会は9月18日(土)午後2時から名古屋栄の巌本真理メモリアルホールで開かれます。名古屋モーツァルト弦楽四重奏団のお別れ演奏会は来春の予定ということです。
 もう一人のリタイアは音楽事務所クラシック名古屋のベテランスタッフUさん。かつて千種駅近くに事務所を構えていた音楽企画ドルチェ時代からの付き合いでした。93年にウィーンフィルのコンマス、R・ホーネック、やバルトロメイと一緒に舞台に上がらせていただいたことは忘れることがありません。きっかけは前記名古屋モーツァルト弦楽四重奏団の演奏会を切り盛りしていたころ、記者会見の場を繋いでくれたり。アーチストとの交流の場に呼んでいただいたり、いわゆる現場というものをよく見せていただきました。楽屋での動き方を学ばせていただきました。彼女は楽譜が読めるので幾度となく舞台でピアニストの横に座り譜めくりをしていたのでご存知の方も多いと思います。
 お二人に共通することは30年近くの間息長く続けられたことです。いわゆる職人の部類に入るということでしょう。私にとっての師匠が二人とも舞台を去るというのはとても残念に思います。長い間ありがとうございました。そして心からご苦労様でした。
 そしてこのような文を書くときに脳裏に浮かぶのが、いつも(ヨッ)と声かかけていただいた毎日新聞の芸能部記者樋口良健氏のことです。かつて名古屋にも楽壇というべきジャーナリズムがあったのです。このことはいずれまた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 5日 (日)

ビエンナーレ2011武豊春の音楽祭

 来年春2月20日から3月6日までの期間に”ゾウれっしゃがやってきた””熱帯ジャズ楽団コンサート””名フィルコンサート”を軸に市民が持ち寄った企画を並べ音楽祭にしよう。とするもので、出演希望者に対する説明会があったので参加しました。
 先の宗次ホールでの参加団体でもう一度聞いてみたい団体があったのでこの企画に押し込んでみようかと思ったのです。そして地元の若いピアニストも気にかかっていたので1つのプログラムを作ってみようと考えました。
 武豊のゆめたろうプラザが会場になるのですがココの館長が竹本義明名古屋芸術大学の学長さんで、コンサートマネジメントのお話がありました。
 町の予算は一千万円あって800万は熱帯ジャズ、名フィルで確定だそうです。でも私たちにとって会場費、印刷費、チラシ配りなどから開放されるのはとてもいいことだと思います。
 出来れば大学の学生さんがお手伝いに来られるとアートマネジメントの勉強になると思います。肝心なことはアートマネジメントはいい設計図を作ることが目的ではないのです。資金調達は言うに及ばず。プレスハンドリング(ここでは絶対使っちゃいけない言葉)、ステークホルダーの形成など教室では学びようのないなまなましいやり取りがあるのです。私の経験ではかつてアートマネジメント講座を慶応大学で開放した美山教授のことは忘れることがないのです。キュレーターの岩淵潤子氏の著書も非常に参考になりました。学生さんには現場で使える人材になって欲しいのです。
 ( その後の訂正です。2011と書きましたが2010の間違いだそうです。説明会の資料には2010とあったのですがビエンナーレという以上2010は西暦年号だと思い、2011ではないかと思い確認したところ会計年度で表記するので2010でいいのだそうです。ローカルルールならば仕方なしです。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 4日 (土)

奈落の底

 9月1日は地元ライオンズクラブの大きな大会が名古屋市内のホテルで開催されました。ありがたいことに、このレセプションにこのはな合奏団のカルテットを弾かせていただける機会を頂きました。このはな音楽祭を地域の社交場にしようと考えている私にとっては願っても無いチャンスです。井上揚水の少年時代、荒井由美の卒業写真、ビートルズのイエスタディーなどの楽譜を手に入れ当日直前まで近くのスタジオを借りて入念に練習しました。私ヴィオラを持ちました。
 広い会場は100人以上が食事を楽しまれる空間でした。が。・・・・・・・・・・大きなミスをしてしまいました。会場は宴会場なのでしっかりとデッドニングが施されていました。本番と同時に、隣の音が聴こえない、セコバイさんこっち向いて!と思えど自分の音もよく分かりません、チェロがわずかに床を通じて聴こえます。向側のストバイは弓で想像出来ます。で弾きながら感じたことは。”宇宙遊泳”という言葉でした。自分の立っている場所が分からない。ふわふわの状態です。会場に用意されたマイクはハウリング寸前まで音量をあげましたが宇宙遊泳からの生還にはなりませんでした。事前に音出しをして衝立一枚でも工夫できたのに。悔しくて悔しくてせっかくの機会をこんなことで。いつかリベンジを狙いましょう。とってもへこみました。でも練習を通じて分かったことを報告しないといけません。ユーミンも陽水もいいね。ってこと。そして聞きづらい演奏に文句をいわず拍手を送っていただいたライオンズの皆さん。ありがとうございました。紳士といわれるゆえんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »